いろいろ。

1999年9月〜10月のいろいろ。

戻るぞ。

1999年10月30日(土)...お買い物。

今までは自作ミドルタワーとLibretto60だけだったんでネットワークもUTPクロスケーブル直結だったんだけど、奥さんの持ってきたVAIO 505EXも加わったのでモデムから電話線をTAに繋ぐのももったいないのもあってダイヤルアップルータを導入。

デザイン的にはYAMAHAのRT50iがお気に入りなんだけど、電話番号とか表示できる液晶パネルがないのがネックになって見送り。
EOSとかV50(それぞれYAMAHAの昔のシンセ)に付いてたような緑の液晶が付いたら迷わず買ったんだけど。

で、導入したのはNECから出たばっかりのCOMSTARZ ROUTER、CMZ-RT-DP。
今回はSONYのTVみたいな渋い銀になったのと、前面ボタンで回線の強制切断ができるほかにも着信履歴が見られるようになったというなんともかゆいところに手の届いた仕様変更。

PCカードなLANカードは一番お安いMELCOのやつにしたのでありました。

ついでにLibretto60のHDDを中古の2GBに入れ換えたり。

4万ほどのお買い物になりやした。


1999年10月29日(金)...接着剤。

会社帰りのお話し。

いつものように駅から出て、バイクにまたがってさぁ帰ろうと思ったらキーが入らん。
よく見るとキーシリンダーに接着剤が(-"-;)。

なんつーか、暗いよ、キミ。
そんなくだらんことよしなさいって。

とりあえず流し込みがいいかげんなのと、アロンアルファみたいのじゃなくてセメダインみたいなやつだったんでなんとか取れたけど...

前のバイク(TZR)みたく、キーシリンダーげこげこにされなかっただけ良しとせにゃならんのか?


1999年10月28日(金)...お祝い。

奥さんが勤めてた会社の本社(もちろん日本ね^^;)で送別会兼お祝いパーティなど開催していただけるというんで、珍しくスーツで出社。←だってそっちはみんなスーツらしいし(汗)。
早めに上がって虎ノ門まで。

ちょうど上司だったシンガポール事務所の所長さんも来てたりしたんだけど、なんか面々の肩書きがスゴい。
総務部長とかエラい人ぞろぞろ(汗)。
部所も経営企画部とか海外事業部営業本部国際部などなど、20人以上集まってくれました。
...って海外組(アメリカ、シンガポール)の激励会も兼ねてはいたようなんだけど。

みなさん気さくな人で、なかなか楽しく過ごさせていただきました。
ドラえもん電報ももらったし(笑)。

それにしても、随分顔が広いなぁ。
実はわし、とんでもない人もらった(汗)?


1999年10月25日(月)...給料。

給与明細もらった。
驚いた。
普段だったら絶対届かない、十の位が3になった支給額。
↑2になるだけでも結構びっくりだったりするのに。

うーん、さすがに数回泊まり込むわ休日出勤するわ(普段はまずしない)で結構無茶したもんなぁ。
史上最高の残業時間だけあるわぁ。

...と感心したのもつかの間、8万ちょっとの定期代が含まれてたのでした(爆)。
そういや支給方法変えるとか回覧回ってきたような気もするなぁ。
史上最高の残業時間とか言っても3桁にはとてもとても届かないし。

気付いた瞬間、すんげー虚しくなったのでありました。ぐすん(/_;)。


1999年10月25日(月)...間違い。

社内大移動大会から10日。

ふつーに出勤してタイムカードを押そうとしたらなんか雰囲気が違う。

...あ、ここ4Fじゃん(爆)。

ちょい前まで4Fだったのが、引っ越しで3Fに移動してたんですね。
ぼけーっとエレベータに乗ったら前と同じように[4]を押してしまった、と。

人間ホントに無意識に行動できるんだなーと感心(再確認)したのでありました。

街中歩いててすれ違った人にいきなり腕捕まれたりなんかして「なんだなんだ!?」と思ったら学生時代の友達だったりとか、普段から周り見てない=無意識に任せて動いてるもんなぁ。


1999年10月22日(金)...VAIO MX。

VAIO MX。

うーん、かっこいいねぇ。
8年くらいまえからこういうカタチしたパソコン待ってたんよね〜。
ぱそぱそしてない、オーディオシステムのようなデザイン。
(あ、MDと重ねて置けそうなやつもね。小さかったけど)

MDコンポとしての機能はなくていいけど、あのデザインはいいねぇ。
最近はいろんなデザインの自作用ケースも出てきたけど、こういう感じのは未だにない。
3年前に組んだときもしょーがないからラックマウントにしようかと思いながらもやっぱり無骨でやめたりしたもんだ。

SONYってばデザインはいいよなー。
中身はいろいろ言われてるけど。


1999年10月22日(金)...Y2K。

最近巷をにぎわしているY2K問題。
小渕さんが思いつきで「2000yen札を発行しよう!」とか言い出したやつですな(違)。

紙幣の図柄に男性ばかりじゃアレだってんで源氏物語から引いてきたりとか、まーそれなりに頑張ってるとは思うんだが、なぜ突然そんなこと言い出すかね?
ぽっと出てきていきなり確定かぇ?
2000年だから2000円?

なんつーか、チョーシに乗ってすんげー安易な功名取りに走ってるなーとしか思えないんだな。

ATM屋さんとか自販機屋さんは大変だなぁと思いつつ、個人的には2000円札よか5万円札のほうがよかったよーな気がするんだけど、ダメ?


1999年10月21日(木)...更迭。

西村政務事務官更迭。

まーアレだな、当然っちゃ当然の処置ではあるんだけれど、彼は彼で大したもんだと思うのだ。

普通エラくなると保身術に長けてくるものだが、彼は昔っから爆弾発言を繰り返している。
要するにコダワリのホンネなのだろう。

ヘンに「誤解を与えるような表現で云々」でなく、ポリシーを貫き通したってのはある意味偉いのかもしれん。
たまたまその内容が問題であり、そういう人間を政務次官に担ぎ上げた組織が問題であっただけで。

あ、これは内容について正当化しようとしてるんじゃなくて、とりあえずテキトーにお茶を濁して保身を図るよりも本人なりに筋を通したことを評価しているのでお間違えなく。
そりゃ内容についてはまずいよな、ありゃ。
とりあえずヤツはそういう人間だったってことで。

うーむ、締めになってないな(汗)。


1999年10月19日(火)...親不知。

明け方4時ごろ、歯にきょーれつな痛みが走って目が覚めた。
今までにはない経験である。

とりあえず鎮痛剤で痛みを抑え、ひたすらガマンガマン。

時間を見はからって行きつけの歯医者に電話して予約、車で50分かけて通院。

「なにもそんな遠くまで行かなくても...」とは思うのだが、行きつけのとこなら前に撮ったレントゲン写真なんかもあるし顔も知れてるし、なにより技術が確かなのが解ってるから、ついつい足を伸ばすのである。

でも、普段の通院にはバイト先から100mほどという便利な立地も、自宅からはかなり遠い(汗)。

そんなこんなで院長に面倒見てもらうことになったのだか...

麻酔打つ。

なんかごりごりやってる。

おしまい。

いやー、親不知だったんで歯を抜くことにはなってたんだけど、「ごりごり」の間に抜けてしまうとは。
てっきり抜くための準備してるのかと思ったさ。

一応その後傷口塞ぐように縫ってもらったワケだけど、なんつーか「もうのたうち回るほど痛い」とか「人によってはうまく抜けないで砕いたりすることも」とかいう先入観があったので、あまりのあっけなさに(・_・)。

麻酔も全然痛くないし唇とか余計なとこまで麻痺しないし、やはり腕のいい歯医者は違うものである。
当人はさらっと「まっすぐ生えてたし、上の歯だからね」と言ってたが、やはり腕だろう。
もう一人の若いヘンな(ぉぃ)人じゃなくてよかった〜(ほっ)。

それにしても抜けた親不知には随分見事な穴があいておりました。
なんつーか、Apple Computerのリンゴみたいな感じ(爆)。


1999年10月15日(金)...引っ越し。

会社の内部で大移動大会。
個人的には「なにもこんなクソ忙しいときにやらなくても...」と思うんだが、社内にはいつも必ずそんな人いるし、そんなこといちいち聞かないからどーでもいーんだけど。

そんな中、ネットワークの復旧が遅かったのが痛いなぁ。

ついでになんか狭くなった。
面積的には広くなってるはずなのに、机の配置が悪いせいか随分通路が...
こんなんじゃ昼寝するときに通行人が困るぢゃないか(ぉぃ)。


1999年10月13日(水)...5段階評価。

東京都が教員を5段階評価しようなんてことを言い出した。

まー先生は大学出てそのまま社会経験を積まずに就く人が多く、就いちゃえば教室内では教えるエラいひとになり、後はなかなか他人に評価されることも少ない(その分深く人間関係に反映されちゃったりはするようだけど)職業なんで、とんでもねー先生にはとんでもねー評価が付いていい先生にはいい評価が付くのは結構結構。

でもさ、今の学校に教員を評価することなんてできるの?

教室内は先生1人と生徒だけの密室。
そこで評価しようとすればテストの成績や進路がメインになってきたりしない?
生徒の評判はいいし飲み込ませるのもうまいけど定期テストでちょっと難しい問題つくっちゃったりして平均点低くなるような先生とか、だーれも聞いてないんでよくわかんないけど出題範囲を知らせるときにうまくやってとりあえず平均点はよくなるような先生とかってどうなるの?
↑実際には「平均点はこれくらいで納めるように」みたいのがあるみたいだけど。なんだそりゃ?

少なくともある教員が他の教員の授業を見たり見られたり、もう一歩進めていわゆるチームティーチングを導入したりしないと教え方・授業の進め方という肝心なポイントの評価はできないんじゃないのか?

他にもろくろく雑作業もしないで教頭に取り入るようなんが高く評価されたり、逆に改善を訴えて疎ましがられたりするような人が低く評価されたりしないのかとか、むしろ不安が残るような...
生徒に人気のある先生ほど上からは疎ましく思われてたりなんかすることもよくあることだろうし。

反論に多い「教員には評価システムは向かない」ということはないとは思うんだけど、少なくとも現状のシステムではまともに機能しないことは目にみえてる。

そこらへんを改善した上で導入されるのであれば歓迎したいけど、どうもそこまで考えてるようには見えないあたりが、なんつーか...(苦笑)。


1999年10月10日(日)〜11日(月)...驚愕の新事実(3)。

仙台の人と結婚した先輩の式は、仙台駅のすぐそば。
またもや駅の駐車場に入れようと待ってるところで健太から電話。
駅からかけてきたもんですぐに現れた健太は「黒いレガシィいたから『しまやかな〜』と思ったけど助手席に人が見えたから『違うかな〜』と思ったらしまやだった」(笑)。

で、「あ、うちの奥さん」と紹介するといつも以上のオーバーアクションでびっくり。
いやー、意表を突くのって楽しいねぇ(笑)。

とりあえず3人で昼食(牛タン定食が激ウマ。しかも1000円しない)食べながら雑談。
「なんかさー、今日本じゃ絶滅した【古き良き日本の女性】みたいだよなー」なんて言われてました(^-^)。

気付いたら時間ぎりぎり、慌てて健太と仙台ホテルへ。
ところが全然受け付けの気配ナシ。
困って2人でうろうろしてるところに山田さん発見、やっぱり時間を過ぎても気配がなくて3人うろうろしたりしてるうちに新婦のお母さん発見。
結局遅刻にはならずに済みました。

結婚式はホテル内のチャペルでちょっと怪しげな日本語をしゃべるビル・ゲイツ似の神父さんの前で、がちがちに緊張しまくりの新郎といつも落ち着いた新婦が誓いを交わしておりました。
肌のとてもきれいな人なので、ウェディングドレス姿がとても映えてました(^-^)。

披露宴はホテルのレストラン。
なんていうか、お二人の人柄が出たハデハデしくなくいい感じの宴でありました。
進行や料理も二人で決めたそうで。
なーんにもしない自分は「こんなんならやってもいいよなー」と思いながら、やっぱ前に出て主役になるのはヤなんでやっぱりいいやとか思ってみたり(ぉぃ)。

で、席で3人で話してるときのこと。

「はっちゃんのことだから部屋とかキレイに片づけてそうだよねー」
「あ、うちもキレイになったよ〜」
「めずらしいじゃん」
「奥さんがむちゃむちゃきちんとしてるから」
○☆△!? 結婚したの!?」
「うん」
「いつ!?」
「一昨日」
○☆△!? (以下いつものパターンを繰り返し) それはそれは、おめでとう」

ちうことで、ここでもまたびっくり。

さらに雑談の時間に新婦にも報告すると「おめでとー!いつの間に?」とちょっとだけびっくり(ちぇ(ォィ))。
披露宴で新婦に逆におめでとうと言われる奇特な人になってしまいました。

その後、即帰組とおみやげ組と(ってそれぞれ1人じゃん^^;)別れて奥さんに連絡取ろうと思ったら携帯が繋がんない!
預かり物のTu-Kaが思いっきり圏外らしく。
どーしよーか考えながらホテルと出るとそこにいてよかったよかった。

あまり遅くなるとアレなんで、そのままおみやげ買ったりもせずに飛び出して東北道を南下、岩槻で下りてした道で帰ったら深夜になってしまいましたとさ。
すげー疲れた〜。
仙台まで遠征してオフ会と結婚式だけか(^_^;)。

でも、とてもいい式でしたよ(^-^)。>深田さん(ってもう菅谷さんか^^;)


1999年10月10日(日)...仙台とつきとぉかオフ。

高校のころの先輩が結婚式を挙げるのにご招待いただいたんで仙台遠征。
奥さん連れて、過去最長のロングドライブを敢行しました。
↑あまり遠くに出かける機会もなかったんで、300km先までも行ったことがない(^_^;)。

のんびり昼ごろに出発、外環大泉から乗ってちょっと遠回りして途中常磐道桜土浦I.Cで半年ほど前に個人売買で落札(?)したインプレッサ用リヤクロスバーを引き取って。
そのままoverふわわkm/hで走るS13シルビアを露払いにしてひたすら北上、途中から単独走行になって東北道に合流。

で、仙台南を下りたあたりから車がじわりじわりと増え出して、仙台駅に向かう道は大渋滞(;_;)。ナビで15分と案内された距離に1時間半以上かかってしまいやした(汗)。

仙台駅前の駐車場に車を入れて、べっくらのとつきとおかオフ(仙台オフ)に参加。
もっともしゅんさん中心のグルメMLやらRFC-MLやら俊介CLUB-MLといったよー知らない人達もおったので、「べっくらの」とはいいきれんのだけど、合同だから桶(意味不明)。

それでも基本的にみんなテンション高いし、さすが港町だけあって食べ物がおいしいので楽しく過ごすことができました。

ただ、衝撃の新事実はタイミングを逸して発表せずだったのが残念(/_;)。
昨日もおった林さん以外はびっくりしたろうに...(苦笑)。

楽しい人達だったんで二次会も行きたかったけど、さすがに二日酔いで結婚式に臨んだり(って招待じゃんか^^;)するようなことになるとまずいので退散〜。


1999年10月9日(土)...驚愕の新事実(2)。

さて、予定の2件+1名をびっくりさせたところでメインイベント(ニヤリ)。

家に車を置いて、電車で出かけた先は新宿。 べっくらのオフ会々場。
断片的に情報リークさせて「さつき先生歓迎オフ」を仕立てたんだね。

以下、べっくらの超主要メンバー・ASさんの視点を無断転載(ォィ)。

> Subject: [ml-becky-club 3831] 夢か現か
> Date: Tue, 12 Oct 1999 13:01:08 +0900
>
> ASです。
>
> 今日は何日だ? 10月9日? ホントに?
> いや、何を錯乱してるんだ。9日に決まってるじゃないか。
>
> ぅわはははははははははははははははははははははははははははは。
>
> 何が可笑しいというのだ。別に可笑しくなんかないぞ。
>
> そーだ。可笑しかったんじゃない。信じられなかったんだ。
>
> ワタシはどこ? ここは誰?
> そう、錯乱すれども忘れはしない10月9日、新宿の「十徳」なる居酒屋で開かれた『さつき先生歓迎ミニオフ』。
>
> さつき先生がなかにしさんに何やらやって欲しいと耳打ちを開始した。1mほど側で見ていたASの目にも、なかにしさんがうろたえ始めたのがくっきり解る。
> 積ませて欲しいという懇願ではなさそーだ。
> だってなかにしさん、目がマジ。つーか、視線が定まってない。
>
> 耳打ち終了。
> なかにしさん、頭を抱える。
> なんだ? なにがどーした?
>
>   『さつき先生が入籍した』
>
> 何ぃ!?
> ・・・そーか、今回の来日は、そーゆーコトだったのか。
> むむむぅ、ちょびっと納得。
>
> で、お相手は? 来日したからには日本の方ですよねぇ。
> 東京周辺に住んでる人ってわけかな。
>
>   は?
>
>     ソレ?
>
>       ドレ?
>
>          「そこに座ってる人」!?
>
>                        それって・・・
>
>   『 し ま や さ ん ぢゃ ん か ぁ 』 !!???
>
> ナニソレ? どゆこと? くぇすちょんくえすちょん♪
>
> ぅわはははははははははははははははははははははははははははは。
>
> ・・・。
>
> ・・・・・・。
>
> というわけで、なんと、いつの間にやらしまやさんはさつき先生を口説き落としてしまっていたという話。
>
> え? ウソ。マジ?
>
> ・・・。
>
> 10/9関東オフ出席者、および10/10仙台オフ出席者が同時多発的に投稿するであろう、この内容。メールを読んでびっくりしたアナタ。
> アナタはマシです。
> 現場で、オンタイムに告白された我々の驚き様は、きっと想像の外側です。
> 敢えて喩えるなら、コンピュータプログラミングで入社した会社にある日突然「おまえは今日から道路工事で働くのぢゃ」と命令されちゃったかのよーな、それほどまでに予想すらしなかった事態であったのです。
>
> 参加者一同、「とりあえず胴上げしとけ」としか考え付かなかった状態でしたもんねぇ。
> で、あまりに衝撃が強すぎて、ショックの一瞬後にはちょっとだけ正常に戻り、改めてノックダウンしちゃいました。その「正常」になったわずかな間に、「べっくらでの抜け駆け発表は禁止」という取り決めが決まったことは、まぁ奇跡としか言いようがないですな。
>
> いやまったく、衝撃の夜が明けた10日、ASは一日中放心状態に近い状態でした。フと気がつくと「しまや&さつきさんの件って現実だったんだよなぁ」などと、自分に言い聞かせるようにあの時のことを追想していたりしました。
>
> ぁぅ、当夜のことを思い出してたら、またパニくってきた。
> 文章が垂れ流し状態でまとめられん(苦笑)<いつもか?
>
> 何はともあれ、酒以上に事実に酔っ払った夜でした。
>
> しまやさん、さつきさん、(当夜に胴上げしたけど)あらためて
>   おめでと〜〜〜! お幸せにね♪

ハイ、ありがとうございます。
さすがメール職人さん。状況がよくわかりますね♪

さてもう一つの視点で、A級幹事の台魔王様は...

> Subject: [ml-becky-club 3847] さつき先生歓迎オフ、だったはずの会報告
> Date: Tue, 12 Oct 1999 13:12:47 +0900
>
> なかにしです。
>
>  さつき先生から私信で「突然ですが、東京に行きます。」とメールをもらったのが9/29のこと。
> 「すごいなあ、また来日かあ。急だし、今度はお仕事関係かな?」と思う。
>  当然オフ会幹事を引き受ける。
>
>  しかし今回はなにかさつき先生の様子がおかしい。何の用事か、いつから日本に来るのか、いつまで日本にいるのか、どこに宿泊するのか、ほとんど情報をもらえないし、もらえても語尾に言い切りがない。
> 「まだ決まっていないんですが、新宿になると思います」「仕事は年休がたまっているのでたくさん休めます。その後もしばらくいると思います。いつまでいるかはわかりません。」
>
>  そりゃアヤシイと思いますがな。そんな風に休みが取れるもの?とか宿泊先が全く決まってなさそうなのも変だし。プライベートな旅行だともおっしゃっているし。
>
>  で、思いました。最初は「こりゃ、日本に就職先を探しに来られるのか?」。
> 日本に住みたいといっておられたこともあるし。しかし場合によっちゃあ「日本人と結婚ってのもありかも。」留学時代の知り合いだっているだろうしね(←甘い気もするが、無理もない考えでしょ?とある相手は可能性として浮かんだが、ちょっと聞いたら、それ*だけ*はきっぱり否定された)。
>  どちらかというと「就職かな」と思いましたが。
>
> #まあ永久就職か。
>
>  しかし、なかなかさつき先生と連絡が取れない。メールは来ないし、来日後に借りるという携帯電話の番号にも2日前にはつながらないし。幹事としてはあせりました。店の場所と時間を知らせなきゃいかんのに。さつき先生は日本でメールが読めるのか?
>  前日、ようやくつながる。が、なんかさつき先生の様子がおかしい。声は笑いを含んでいるし、人がいる気配だし。その人に対して笑っている風なんだよね(そりゃ笑うだろうけどさああ)。
>
> 「あ、店の場所なんですけど」
> 「今メール読んでます」
> 「じゃあ、わかるんですね?辿りつけそうですか?」
> 「ええ、大丈夫だと思います。」
>
>  いくら日本に慣れていても、遠くから来た外国の方に、居酒屋まで辿りつけというのはかなり抵抗あったんですが、宿泊先まで行こうかと言っても「大丈夫です」と言われるので、心配しつつも、ま、本人がそう言っているのだから、と引く。
>
>  当日。
>
>  会が始まり、順調に人が集まる。順は不同だが、参加メンバーは下記。
>     ASさん
>     土管屋さん
>     のぶ@埼玉さん
>     蜥蜴くん
>     あじらさん
>     はやしさん
>     本田さん
>     けむけむさん
>     三谷さん
>     なかにし
>
>  ところが、さつき先生がなかなか到着しない。とりあえず先に始めてはいたものの、みんな「主役が来ないと盛り上がらない〜」。
>  しかし携帯に電話してもつながらないし。わたしゃホントに心配しましたよ。
>
>  しかし30分を過ぎてようやくさつき先生登場。ホッとする。さっそく改めて乾杯した直後・・・。最初から遅刻を表明していた、しまやさん登場。
> 「あ、しまやさん、良かったね。今主賓が到着したところー」(・・おい)
>(※注:着いてすぐトイレ行ってました)
>
> #なんかここまで書いて、むなしくなってきた(とほほ)。
>
>  会はなごやかに続く・・・・・。
>
>  また2、30分を過ぎたころだったでしょうか、さつき先生が「なかにしさん、ちょっとお話しがあるんです」と。皆が「なにごとか」という顔をするが、にやら最初は内緒のようなので、皆に背を向けて話を聞く。
>
> さ「私、昨日結婚しました。」
> な「おーそうですか」
> #やっぱり!そうかそうか、俺の予想もまんざらではないな。
> な「でお相手は?」
> さ「ここにいます」
>
>     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?
>
> な「ここに?ここって、この場所?」え?え?
>
> さ「ええ。誰だかわかりますか?」
>
>  わかりますか?と言われたって・・・・。さっぱり検討つかん!・・・いや、正確には頭の中が真っ白になってしまって、だれが参加していたかすら数え上げられなかったという方が正しい(苦笑)。
>
> な「だれなんです?」
> さ「・・・最後に来た人です」
>
> ・・・・・。おいこらオヤジ。
(※注:ずかずか歩いてきたと思ったら、そう言って蹴りを入れてきました^^;)
>
>  なぜか、私から皆に発表させられるし。もう、頭混乱しまくってましたね。
>
> ・はやし親分、人づ魔の新たなターゲット誕生に興奮し、酒のピッチ上がる。
> ・私もおとなしくするはずが、「これは飲まずにいられん!!」と。二次会で記憶無くす(T_T)
> ・1次会終了後は、当然しまやさん、さつき先生胴上げ。万歳三唱付き。
> ・ASさんが静かだったのは、呆然としていたからか?
> ・あじらさんがやたら国際親善の先輩ぶる。「たいへんだよお」って。けど、あじらさんの場合には事実が手続きを先行し過ぎだからなあ(笑)。
>
>  あとは参加者のみなさんの感想をどうぞ。わたしゃ、もう語ることは・・
> ・あるけど後でね。

とゆーことで場内大混乱。

しかし、しばらく経つうちに「うちじゃメール読めないから週明け大変だよ。火曜まで待ってくんない?」というASさんの意見で一致、10/12正午解禁ということで箝口令が敷かれたのでした:-)。
もともとは自己防衛からではあるんだけど、これはこれとして楽しんでしまうあたり、べっくら的で楽しいね(^-^)。

その週末はみなさんがまんするのに苦しんだよーで(笑)。←他人事のように


1999年10月9日(土)...驚愕の新事実(1)。

P.W.Lの一部のメンバーが奥多摩でBBQしてるというんで、極秘出撃。

五日市側から奥多摩周遊に入ると、赤と黒のNSXにすれ違い。
赤い方のサングラスかけた人は高校の部活のOBでした。
さらにしばらく行っていい勢いですれ違ってった黒いレガシィB4はきっとB4-MLのkakudenさん。

天気もよく、眺めのいい周遊を抜けてBBQ会場に到着。

とりあえず「ハイ、うちの奥さん」と紹介するとみんなびっくりすることびっくりすること(笑)。

「え゙? いつ結婚したの(汗)?」
「昨日」
「え゙え゙〜っ(汗汗)!!」

ふふふ、そうやってびっくりしてもらえるとあたしゃうれしいよ(笑)。
そのために極秘にしてたんだから(ニヤリ)。

ちょうど肉が余ってたらしく、余りモノ処理班になりやした。
いやー、手ぶらで行ったんで何もなかったらさびしーなーと思ってたからLucky♪

で、またなんかの話しで

「んー、まー結構遠くの人だかんねぇ」
「遠くって沖縄くらい(笑)? そんな遠くないか(自己完結)」
「あ? もっと遠いよ?」
「うーん...」
「シンガポール」
「え゙っ(汗)!!」
「いつ頃から行ってるの?」
「行ってるって、シンガポール生まれのシンガポール人だよ」
「え゙え゙〜っ(汗汗)!! 全然わかんなかったーっ(滝汗)!!」

ふふふ、そうやってびっくりしてもらえるとあたしゃうれしいよ(笑)。

そんなこんなでP.W.L.の主要メンバー(の一部)との初顔合わせをしたのでありました。
予定が立て込んでるので1時間程で退散。

帰りに奥多摩湖の駐車場でトイレ休憩してると、どっかで見たような顔が...
NS-1で走りに来てたValen
「おー、久しぶりだねー!」とか挨拶してるうちに奥さんが出てきたんで紹介したらやっぱびっくりしてた。
やり取りはだいたい上に準ずる(笑)。

時間がないので話しもそこそこに立ち去って、バイト先に寄ってまた同じようなやり取りしてました。
もっともバイト先の店長にはとてもお世話になってるんで事前に話はしてあったんだけど、どう見ても日本人みたいなところにびっくりしてやした。ふふ。


1999年10月8日(金)...役所。

早速役所廻り。
仕事がクソ忙しい中、前日に有給使っちまったのでなんとか午前中に済ますべく早めに動く。

まず立川市役所で戸籍謄本。
「そんなもんさっさと取っとけよ」とも思うかも知れないけど(今自分でも思う^^;)、直前までは本籍地で婚姻届を出せば戸籍謄本要らなくてらくちんかなーと思ったのだ。
でも「そーいや同時に外国人登録もせにゃ」ってんで、結局国分寺市役所行かにゃならんので戸籍謄本取ってすぐに国分寺市役所へ。

ちなみに婚姻届ってどこの市役所(町/村役場)に出してもいいのね。
BC/BF MLのもっちは99.9.9に小笠原諸島の父島で入籍だそーで。ちなみに奥さんはNHK宮城でお天気おねいさんをしているそーで。
BC/BF MLと言えば、11.11.11入籍予定のTANAさんやら小橋さんやら哲哉@BG5さんやらと結婚ラッシュ。
...とそれは置いといて。

国分寺市役所ではまず外国人登録。
すぐそばの写真屋で登録用の写真を取るんだけど、ありゃ高いね(-_-;)。
で、長期滞在ビザは【日本人の配偶者】で取るから、とりあえず普通に観光で入れる90日の短期滞在ビザで登録することに。まだ婚姻手続きしてないけど、一応うちの住所で【妻】ということで登録。

それから婚姻届を出すわけだけど、ここでもいろいろ聞きながら記入。
やはり名前はカタカナで書いた方がいいのかとかミドルネームはどうするとか。
↑Wong May Lee...姓:ウォン 名:メイ リーか姓:ウォン メイ 名:リーか選ばされたり。
んでさらにあちこち訂正させられたりと大忙し(?)。
「どちらの籍に入るか」ってところは修正で無記入にさせられたのは、戸籍に登録されるのは日本人だけだかららしい。
俺の籍は父親のから独立して新規に作るわけだけど、そこには婚姻の事実が記載されてるだけで名前が載ってるのは本人だけ。
住民票も【世帯全部】で取ってもやはり載ってるのは一人だけで、奥さん分は外国人登録証明書を取らなきゃいけないらしい。

戸籍なんて制度があるのは世界でも日本と韓国だけらしいんだけど、やっぱそんなもんなんかねぇ。

そうそう、Becky!の振り分け条件設定ツール"BFilEdit"の作者でRim-Arts MLでは【裏技師】と評判の磯崎さんも国際結婚組なんだね。
そのページはいろいろ調べてるときにブックマークしてたんだけど、磯崎さんとこだって知ったのはつい最近(^_^;)。

とりあえず近所の店でそばなんか食べてから出勤、ぎりぎり午後に間に合って仕事仕事。
せめてこんな日くらいは休みたいよなー(苦笑)。 たまたま仕事が押してて前日休んで今日もというワケにもいかんつーのが日頃の行いがうーたらかーたら...

遅くまで仕事して帰ると、「すみません、部屋間違えました」というくらい部屋が片づいてて焦った焦った(^_^;)。
よく気がつく人だとは思ったけど、半日でここまで片づけるとは...(汗)。


1999年10月7日(木)...異国からの来訪者。

ここんとこ、毎日日が変わるころに帰るような生活で部屋の中荒れ放題。
しかも前日は深夜に通りがかったすかいらーくで飲み放題のコーヒーを4杯飲んだのが効いたのか、全然眠くもならんので明け方4時過ぎまでのんびり部屋の片づけ。

ふと気がつくと「げ!もうこんな時間か!」ってんで、車でお出かけ。
流れは悪くないんだけど、成田までの距離を読み誤ってて(首都高出てから30kmくらいだと思ってた←あほ)、「成田空港まで52km」の看板で蒼くなってoverふわわkm/hで東関道を爆走したのはナイショ:-)。空いててよかった〜。

なんとか見事到着予定時刻の6:30ぴったりに到着して迎えに行ったのは、シンガポールからの奥さん(まだ予定^^;)だったりします。

帰りはのんびり渋滞の首都高を抜けて、ガストで朝食を取って(最初の食事くらいもちっとまともなのにしろよ(汗))9時ごろ帰宅、さすがに眠くなったのでとりあえず一眠り。

...で、起きたのが夕方5時、バイト先からの「今日顔出しにくんの?」の電話でとゆーのがまたなんとも(汗)。
疲れてるなー。

んで「ほいじゃ行きます」ってんで出かけたのはいいけど、閉店19時の5分後に着いたらもう閉まってた(;_;)。
しょーがないので、市役所でネットワーク立ち上げてたりなんかしてる親友・師岡ぽんのところに押しかけて、婚姻届の承認の所にサインをもらってしばし雑談。
なんか知らんけどヤツと話してると長くなるんだよねー。
実家から電話があって「まだこないのか?」ってんで実家へ。

ぞろぞろと近所の料亭らしきところで顔合わせなどしてみたワケだけど、ウチの家族も俺に負けず劣らずで、【奥さん6才年上で外国人で会ったのは3回、式も挙げない指輪もまだまだ】にも全く動じず喜んで受け入れてくれやした。

その後、「飯でも食わん?」とデニーズにINDYを呼び出す。
それまでナイショにしてたもんだから、「かれこれこーゆーわけで、証人のとこにサインしてくれ」って言ったらちょっとびっくりしてた(笑)。
↑もっと驚け(-_-;)。容姿も言葉もほとんど日本人だから、インパクトは弱いのか?
「こんな男のどこがよかったの?」...って余計なお世話じゃ、ほっとけ!

それにしても長い一日でありました。


1999年10月5日(火)...復活。

何気なーく磁気で死んだ定期券を自動改札に通したら通れた。
でも裏返して通すとダメ。

最初はどうしてもダメだったのに、しばらく放置しとくと磁気情報が復活するんかな?


1999年10月4日(月)...生活彩家。

気付いたら会社のそばにあった生活彩家ちうコンビニ(どうも高島屋系らしい)が、ポプラというのに変わってた。

ここはなかなか品揃えがマニアックというか、他じゃ置いてないもの置いてたりしてなかなか気に入ってたんだけど、店長らしきオヤジにしてもバイトなんだか社員なんだかよくわかんないロン毛男にしてもすんげー無愛想だったのが売り上げに響いたんだろうか?
新しいお店はあか抜けた感じがいかにも「コンビニ」って感じのはきはきしたアルバイトですっかり雰囲気変わったのはいいんだけど、品揃えもふつーのコンビニになったのがちと残念。


1999年10月3日(日)...60000km。

バイト先に向かう最中、れがしぃくんのメーターが60000kmに到達。
93年7月28日に出会ってから6年と2ヶ月、特に故障もなくよく頑張ってくれたね。
洗車はしないわドア凹ましても直さないわてきとーなDIY作業であっちこっちに無茶が来てるわでかわいそうだけど、文句の一つも出ないよくできた相棒である。

ちなみに95年9月に買ったばんでっとくんは先日よーやっと4000kmを越えました。
最初の2000kmに3年半、そこから半年で2000km(汗)。


1999年10月2日(土)...ななちゃん☆迎撃。

関西から出張で出てきてるなーすなかざきことななちゃん☆(※男性。別に看護婦趣味なワケでもオカマなワケでもないんだが)迎撃のため、べっくらの東京近郊メンバーで迎撃隊を組成。
10人以上集まればもうミニオフどころじゃない...(汗)

場所は本家Rim-Atrs ML第一回オフミ(って第二回は未だにない^^;)の二次会に使われ、その後何故か「眼鏡屋さん」のキーワードで語られるお店(謎)。

例によってバイトが終わってからの出撃で、遅刻してって席について間もなく背後から攻撃がっ!
誰かと思ったらななちゃん☆〜。

...初対面がこれかいっ(笑)!

べっくらで「雅な感じ」と言われてたのがよくわかる京風な穏やかな話し方と、サービス精神の旺盛さには頭が下がりますです。
いやー、やっぱりいいキャラクターだわ(^-^)。

土管屋さんけむけむさんも初対面組なんだけど、どっちもでかい(笑)。
太魔王と呼ばれる台魔王様よりでかそう(笑)。
↑別に台魔王様も太いワケじゃないと思うんだが、何故かMLでは...

で、一次会のオーダーストップがかかった頃に突然不参加表明をしていたサンドバッグこと東京タワーさいとおさん登場!

なにかと思ったら来春早々に結婚するらしい。
遠くから来た主賓ななちゃん☆から主役を奪うサンドバッグ!
いやー、やられましたわ(^_^;)。

とりあえず腹が減ったのでひたすら食う食う。遅刻した分二次会でも食う食う(笑)。

二次会は落ち着いた感じのいい雰囲気の店なのに、みんな人に乗っかって潰しにかかるのは悪い癖やね(苦笑)。

で、なんかみんな出てくるのがもたもたしてたんで終電の危機を感じ、とりあえずななちゃん☆に挨拶して渋谷駅まで走る!
...が、その努力もむなしく新宿駅での乗り継ぎができずに実家行きは断念(実家に車置いて電車で出撃)、自宅に帰ってバイクで実家に行くという間抜けな事態になったのでありました。


1999年10月1日(金)...10月。

ふつーに出勤すると、駅のそばに作ってた有料駐輪場が営業してた。
「ありゃ?10/1からじゃなかったっけ?」と思ったら、今日は既に10/1。

駅前は区画整理の真っ最中(全然進んでなさそう)、ロータリー作るとかで臨時の駐輪場なんだけども立派なアスファルト敷き。
臨時なら砂利でもいいんじゃない? それとも砂利ってなんかコストかかるの?
素人目にはちょっと無駄に見える。

そのまま駅に行くとやっぱり10/1だったらしく、ガールスカウトの女の子たちが赤い羽根共同募金で立っていたので、小銭を入れる。
なんか「募金しましたっ!えへんっ!」っていうような気がして好きじゃないので、赤い羽根はもらはづ。←付けてる人が「えへんっ!」としてるというワケじゃないんだけど...

そういや昔、赤い羽根とか歳末助け合いで駅前に立ったよなーなんて思いながら、1999年の残り1/4に突入。


1999年9月30(木)...急病人(?)。

で、気を取り直して電車に乗ってたら阿佐ヶ谷附近で突然「がたん!」というすごい音。
どうもドアの側で人が倒れたらしい。

駅に着いて乗客が駅員さんを呼びに行ってる間に、そのおじさんは周りの人に助けられてシートに座ってた(座らせられてた?)。

駅員さんと他のお客さんでなんとか下ろしたんだけど、もう顔色なんかなくて死体のように動かないっつーか完璧に脱力。

だいじょうぶなのかなーと思ったら、発車後の周りの話し声から...

・倒れるというように突然真下に崩れ落ちた。ひざがっくん(笑)みたいだった。
・それまでもなんかふらふらしてた。
・酔っぱらい。

だそうで(^_^;)。

まーすぐ電車動いたからいいんだけどさ。


1999年9月30(木)...定期券。

連日の休日出勤、泊まりの生活が続く中でなんとかふつーに帰れるような具合に持ち込めて「よっしゃ、今日は布団で寝られる〜(;_;)」と浮かれてたら、駅の自動改札で撥ねられた。
「まったく、一発で通せよ」と思ってもう一度通してもダメ。
よく見ると改札機に「磁気情報がありません」みたいなエラーメッセージ。

駅員さんに聞いてみると、まぁそのままの返事が返ってきた上で「発行駅で再発行してもらってください」。

ふと気付くと充電中に携帯の裏に3.5インチHDDから取り出した磁石張りつけたのをそのまま持ってきてたらしい。
↑へたって1日保たなくなったバッテリーが2日以上保つまでに復活。磁気は効くらしい。

で、会社でそれに気付かずに定期入れの上にぽいと置いといたせいできれいさっぱり消しちまったらしい(^_^;)。

うーむ、今までフロッピーやら磁気カードやらの磁気媒体を消してしまったことはないんだが、ひじょーに間抜けな話である。

自動改札通れないって不便ねー(汗)。
特に駅員窓口がいちばん遠いとこにあったりするとかったるいし、乗り越してイオカードで清算できないし...


1999年9月17日(金)...時計。

時計買った。
ビート買えなくなった。

いやね、2ヶ月くらい前に丸井をうろうろしてたら「うっ、これいいっ! むちゃむちゃほしいっ!」っていう時計見つけたのよ。
でも値段を見ると「なめとんのか?コラ」ってくらい高くて「ボーナスだけじゃ全然足りんよなー」(今回は少なかったの;_;)と思いながらも「でもほしいなー」と思って生活してるうちに「金払うのは最初だけだよな。買っちまえばあとは満足満足」と変化して、「よし、買っちまえ!」と思ったのが数日前。

ちょうど成田へ向かう直前、現物を前に「帰ったら買おう」と思ってぐっとこらえたら、出先でかなり安いのを発見してその場で買ってしまったんだね。
いやいや、出かける前に買わんでよかった(^_^;)。

どうもカタログからは見つけられずに、買うかも決めてないのに「売れませんよーに売れませんよーに」と祈ったそいつはタグホイヤーのS/elベースで、黒いクロノグラフと赤いアクセントの入ったパールホワイトの文字盤には「West Maclaren Mercedes」とある。
裏のケースにはミカ・ハッキネンを含む3人のサインと1351/1500というシリアルナンバーが刻み込まれてる。
もっとも、マクラーレンだのハッキネンだのいうとF1かなーとも思うんだけど興味ないんでよーわからん(笑)。
そんなのはどーでもいー話で、デザインだけの為に結構払ったなー(苦笑)。

そんなこんなで、ビート資金の大部分を取り崩してしまったのでありました。
でも最近は「ライトウェイトスポーツで走りにでも行かにゃやってられん」ちう状態は脱出したし、時計は維持費かからんのでよしとしよう。

来月は引落し口座の残高に注意だ。


1999年9月15日(水)〜9/20日(月)...シンガポール。

夏休み。シンガポール旅行。あちー(汗)。飛行機の時間悪すぎ(汗)。


1999年9月14日(火)...雨。

昨日、天気がいいので久しぶりに布団を干して出社。
昼過ぎにふと外を見るとなんとどしゃ振り(T^T)。
「お隣のおばあさん引っ越してっちゃったから、取り込まれんでずぶぬれや〜(;_;)」と思いつつ仕事をし、深夜に帰ったら結構濡れてる(;_;)。

しょーもないのでとりあえずそのまま外に出しといたら、朝出社するころには表は乾いてふかふかになってる(^-^)。
「いや、こりゃすばらしい。今日中に十分乾くかな?」と思って出勤すると、夕方にはまたどしゃ振り(T_T)。

でも帰ってみると会社から25km離れた自宅近辺は降ってなかったようで、ほっと胸をなで下ろしたのでありました。

あのどしゃ振りを見たあとなんで、夜露でやや湿気っぽいのくらいは全然問題ナシ!


1999年9月12日(日)...ぶどう狩り。

Play with LEGACY味覚狩りオフで勝沼へぶどう狩り。

6時くらいに起きて奥多摩越えでもしようかなーなんて思ってたら、起きたら8時回ってるし(汗)。←9時半集合だっつーのに(爆)
2時半就寝が効いてるな〜(苦笑)。最近疲れると起きられんのは歳のせいか? 昔は何時間睡眠でもきちっと起きたもんじゃがのう...

慌てて飛び出し、中央道国立インターから高速へ。
普段は割高な700円区間は使わないんだけど、こんな時間じゃしょーがない。

いい調子で流れてたので「これなら間に合うかな」とほっとしたのもつかの間、八王子から断続的な渋滞で結局15分ほど遅刻してしまったのでありました。

ちょうど待ち時間が終わって早速ぶどうぶどう(^-^)。
最近あまりろくなモノ食ってないんで食い溜めとばかりに食べるが、さすがにぶどう1品種ばかりは大量に食えん(^_^;)。
しかも最初に「サービス」と称してよく冷えたのを半房くらいくれるんだけど、それの後なもんだから、ちょっとぬるくて甘みがしつこく感じられるので3房で「もぉ十分」てな具合で。
みんな、ぶどう食べ放題では最初の冷たいぶどうは食べちゃダメだぞ!

結局、4房めにチャレンジしてるIMAさんを目の前にしても闘争意欲(ってなんだ?)は沸かなかったなー。

とりあえず、長身YAAさんがぶどう棚の隙間から頭を出してる姿が印象的でした(笑)。

その後のおみやげタイムは桃ソフト(さすがにぶどうはもういいだろ^^;)でつぶし、今度はマンズワインのワイナリーへ移動してやきにく〜。
レガシィ談義に華を咲かせつつ、「ビタミンばかりじゃだめだろう」とばかりにひたすら食う!食う!
でも量はそんなに多くないんだね。B4-MLでも一緒のnobuさん一家ときちんと分け合って食べてましたよ。

そこで解散の直前、Nariさん一家とSATOさんのテーブルに肉が大量に余ってるのを発見!
みんな清算してるのを尻目にばくばく食ってました(笑)。

それからはワイン工場を見学して、お約束の試飲コーナーでいろいろ飲んでました。
梅ワインやらブルーベリーワインやら花梨ワイン(こいつはなかなかうまかった!)なんてあたりを重点的に(笑)。
売店ではらっきょのワイン漬けやらしめじのワイン漬けやら野沢菜のワイン漬けやらといろいろあるのを、みぽりんさんそのみんさんの奥様コンビに「1ヶ月くらいしてから何も言わずに食卓に出して感想取ってよ」なーんて薦めてみるけど、結局誰も買わなかった。ちっ(笑)。

恒例のじゃんけん大会では缶ジュースを頂き、記念撮影をしてから帰路は相変わらず高速代節約&ワインディング目的の奥多摩越え下道ぃ〜ず。

しばらく走ってると、SATOさんの長野オリンピックの日本チームオフィシャルカー発見。いいペースで流れる大菩薩ラインをついていく。
途中、SATOさんが給油のためスタンドに寄ったところから更にペースアップ。
いい流れで16:30前には奥多摩に入ったので、「こんなことしてられるのも今のうちだよな」とか思いつつ、ちょっくら奥多摩周遊を往復してみる。
途中すれ違った黒いB4がB4-MLのkakudenさんかなぁと思ったら、案の定そうだったらしいというのは後でわかった話し。
さすがにちょっと疲れたので、都民の森で金色B4と黒BFの隣に止めてジュース1本買ってベンチでちょっとお昼寝〜。

起きてまた周遊を流し、もう1往復しようかと思ったころにふと燃料計を見ると貧乏ランプ点灯!
これじゃ青梅までも出られん...(汗)。

突然燃費走行に切替えてのったり走ってたら、みぽりんさんから電話。
どうもIMA号は中央道でドツボにハマったらしく、「今どのへんですか〜?」。
渋滞もなく、わざわざ周遊に出て遊んでたと伝えたらちょっと悔しがってました(笑)。

で、R411に戻ってしばらくして5台ちょっと前に見覚えのある赤BFを発見。
そんな前にいるのにわかってしまうTANA号っていったい...(笑)。

わりとのんびりのペースで走り、奥多摩湖の駐車場に入ったところでTANAさん&ゆきりんさん掴まえてちょいとお話しをしてから、よーわからんというので県央青梅まで先導することに...なったはずが、いきなりスタンドに飛び込んだので離れ離れになってしまったのでありました。スマ(^_^;)。>TANAさん
でもその後、吉野街道で詰まったんでちょっくら裏道使ってるうちに5台くらい後ろにTANAさん発見。夜中にそんな後ろにいるのにわかってしまうTANA号っていったい...(笑)。
そのまま青梅市内の抜け道でI.Cまで案内して、実家に寄る。

疲れてるところを外食に連れていかれたので、珍しくちょいと機嫌が悪かったのでした。
でも家族みんな揃ったところで「行かなーい」というのも悪いから行ったさ。
父親が工場買うのに銀行に金を借りるんで必要な書類を書かされて「なにも今日じゃなくても」てんで更に機嫌を悪くしたりなんかして、ごちそうさまの後は実家に寄らずまっすぐ帰ってばたんきう。

楽しく長い一日でした。まる。


1999年9月11日(土)...かいちょー迎撃。

岡山からインプレッサ仲間のかいちょーが奥さんと上京するというので迎撃。
ん、かいちょーはなんのかいちょーだったんだっけっか(笑)?
インプレッサ仲間と言っても俺もかいちょーもレガシィ乗りなんだけどね。
でも彼のBG5レガシィはエンジンがNAからインプレッサ用ターボ、ミッションがATからBC5レガシィのクロスレシオのに換装してあるというのがなんとも凄まじい。
しかも外見がまたWRCレプリカ風で派手派手(笑)。

19時にバイトを上がってから、厚木のファミレスでみんな駄弁ってるところを襲撃。
顔はOption2誌で見てたけど、始めて会う彼は割と軽めのメールでの印象とは意外とおとなしめで礼儀正しい(失礼)。←でもきっとかいちょーも同じことを思ってるに違いない(笑)。

その後、インプレッサ、ランエボがぞろぞろと宮ヶ瀬に移動。
途中で道もわからんのに先頭になって焦った焦った(苦笑)。みんなは知ってて自分は知らない道で先頭になるのはヤだねー。案の定ちょっと遠回りしてしまって、「なんで回り道してるんだ?」とか思ったろうな(汗)。ごめんよ〜。>ALL

宮ヶ瀬ビジターセンターに着くとすでに台数増えてる(^_^;)。
わかやまさんみたくいつもいる人達に加え、教祖様を初めB4-MLの面々も続々と。
インプレッサ、レガシィ、ランサーのとんでもない大軍になってました。夜中だっつーのに(汗)。

あっちこっち移動していろんな人とお話しして、軽く流して帰ってきました。 ↑車の中がごちゃごちゃで振り回せない(笑)。ちょっとヤビツに入ってみたけどすぐ諦めてUターン。


1999年9月7日(火)...キーボード。

昨日仕事してたら、いきなりキーボード死亡。
どうも[CTRL]キーが押されっぱなしらしい。
キートップを外してCRCを吹いてみたけど一向に改善の気配ナシ。

仕事が切羽詰まってるってのにこういうことが起きるとすげーむかつくので、結構な時間だったこともあって諦めて帰る。

いきなり中断を余儀なくされるのもむかつくけど、今や貴重なかちかちタッチのキーボードだけに、死なれると非常に悲しいものがあるのだ。
そこいらへんにキーボードはごろごろしてるけど、そっちはタッチがイマイチ好きになれないし。

お気に入りの自腹キーボートだかんねぇ。

...と思って出勤したら、直ってた(笑)。
昨日のCRCが効いたんだな。うむ、浸透力バツグン。

そうそう、CRCも自前だ(笑)。←っていくらもせんやろっ!


1999年9月4日(土)...ブレーキ。

バイト前に作業すべく、朝7時に起きて7時半開始でレガシィのフロントブレーキ交換。
ひろひろさんに譲ってもらった16インチディスク一式(ローター、キャリパ、キャリパサポート、純正パッド)。バックプレートは自前の新品だ。

うちの駐車場はとても作業ができるところじゃないんで、エンブレとサイドブレーキだけ使ってINDYんちのアパートまで移動、早速ジャッキアップしてウマかませてタイヤを取り外す。

まず、キャリパをキャリパサポートごと取り外そうと、ハブナックルに留める17mmのボルトを2本外す。
これが堅くてCRC吹いてメガネレンチかけて、十字レンチとてこの原理を使ってなんとか外す。
とりあえずキャリパ一式はスプリングに吊るしてローターを外そ...うと思ったところでなんと雨(;_;)。
しかたないのでそのまま組みつけました(;_;)。

でも、とりあえずブレーキラインを外す前でよかった〜(^_^;)。
外したあとだったらエア抜きとかしなきゃいけないとこだもんなぁ。

片付けが済んだころにはどしゃ降りになってて、片付け終わってからでよかったと胸をなで下ろしたのでありました。

それから作業中に起きて出てきて見物してたINDYのビートのロールパーにパッドを撒くのを手伝ってからバイトに行きましたとさ。

しかし、その25kmの間にワイパー最速にしても30km/hじゃなきゃ走れない豪雨の地域と全然地面が濡れてない地域とを3回繰り返すってのも、ねぇ(^_^;)。


1999年9月3日(金)...国際電話。

P.W.Lの人達とお好み焼き食べながら盛り上がってると、いきなり携帯が鳴りだす。
最近は電話で連絡してくるのはINDYくらいなのだが、珍しく番号なしの着信。
出たらびっくり、なんと国際電話!

いやー、国際電話で携帯になんてかけられるんだねー。やっぱり高いんだろうか(^_^;)?
かけるのはなんか手続きしないとダメなんだよね?
うーむ、便利な世の中になったものである。

急ぎの用ではないみたいなんで、「メールでよろしく」ってことでばくばく食べてました。


1999年9月3日(金)...呑み会。

どうもこのところ呑み会続きである。
先週木曜が六連星で新宿ビアガーデン、金曜はCASHMERE LIFEのshinさん主催で川崎、昨日はB4-MLでどしゃ降りの新宿、今日はPlay with LEGACY(の一部の面々)で上野でお好み焼き食いながら。
よくもまぁレガシィ仲間だけでこれだけ続くもんである。
しかも全部違うところだけに、やっぱ「どこにでもしまやさん」(*1)なのかーっ!と思ってみたり(笑)。

それにしても、どれも基本的にはレガシィ乗りの集まりなのに、それぞれ傾向が違うというのがまたおもしろい。
だからこそあっちにもこっちにも顔を出してしまうんだけど。

しかし、これだけ呑みに行くとお金かかるね(^_^;)。4回で15000円ほど。
これだけで今月の食費1.5倍って感じだ。
安月給な人としてはかなり苦しいぞ(苦笑)。
ま、当面まとまった費用が必要になることもなくなったし、たまにはこういう時期があってもいいよね。

*1:レガシィ方面の掲示板やMLには必ずいるらしい。そんなことはないと思うんだけどなぅ。


1999年9月2日(木)...飛行機チケット。

朝、フレックスを最大限に活かして(っていつも活かして出勤してるけど^^;)夏休みのシンガポール往復のチケットを押さえに新宿南口のHISに行く。
用件を伝えて便名と値段を出してもらい、予約を入れてお金を払うのに約40分。
なーんかひとつひとつもたもたしてるように思えるのは気のせい?

「20分もあれば十分だろう」という読みは脆くも崩れさって、全ての用件が済んだのがコアタイム突入の5分前!
高島屋の中を駆け抜け(←迷惑だからやめろ)、南口の歩道橋がJRをまたぐだけじゃなくてマインズタワーまで伸びてるので、ノンストップでひたすら走る走る!
汗だくになってぜーぜー息を切らしてタイムカード押したらちょうど11時。なんとか遅刻せずに済みました。

でも、タイムレコーダーが2分くらい遅れてなければ遅刻だったというのはナイショ♪


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